瑞祥洞篇
2016年2月訪問
上田和隧道を堪能し、次は瑞祥洞。 ここは上田和隧道吐口から続く暗渠の出口。千田漁港です。 実はここから瑞祥洞の吐口と想定される場所が見えます。え?どこ??? |
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………うーむ、見えね〜……… このカメラズームできね〜……… |
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ここでひろきさん画像の登場です。 300mm望遠! 上の画像では全く見えなかったコンクリ構造物が! 恐らくあれが瑞祥洞の吐口を守る護岸と思われます。 |
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グーグルの航空写真ではここだと思われます。 ここが吐口… あわよくば、海岸沿いにここまで行こうと思ってましたが、予想以上に遠い!しかもスムーズに行ける保証もありません。 皆を引き連れていけるような場所ではありません…(いや、1人でも嫌ですな…) ってことで、吐口はすっぱり諦め、呑口に向かう事に。 |
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車でぐるっと迂回。呑口はここにございます。 ここなら誰でも見に来ることが可能です。 |
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やって参りました、瑞祥洞。 …しかし残念な雰囲気しか感じません… |
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やはり… 明治生まれの筈ですが、完全コンクリート。改修されておりました。 |
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しかし!扁額が遺されておりました!ありがたい! 石造りの立派な扁額です。そして下部には竣功年度が。 「明治35年(1902年)9月竣功」とあるようです。 天保13年(1842年)に上田和隧道が完成してから60年。同じ高山川に接続していることから排水能力増強のために 増設された、ということでしょうか。 |
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呑口から北山川方面を望む。河川改修をかなり大規模に実施していますねえ。 |
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どうみても完全改修ですよねえ… …しかし一応…一応、中、見て見ますかね… って地味に長靴オーバーの水深!うぬぬぬぬ… 尚の事、中、見たい!ってことで… |
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ウェーダーで突入するのでありました。 写真はひろきさんブログからお借りしました。 突入は私とmt.tellさんの2人。 で、中にあったものは… |
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おおおお! 何か見える!!!! あれはヤバイ… |
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まさかの 石アーチ 残 存 ! |
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凄い!欠円石アーチです。五角形の要石が1個と迫石が8個。 迫受石がなく、側壁を成形してそのままアーチを噛み合わせています。 |
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五角形の要石。迫石も含めて江戸切り調の加工を施してあります。 |
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素晴らしい石積みです。 和歌山県内にまだこのような石積みアーチ隧道が残っていようとは…。 往時の呑口坑門はここで、大改修でコンクリアーチを延長したようです。 扁額はもともとここにあったようですな。 |
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石アーチは呑口部分のみで、内部は素掘りとなっております。 で、はるか彼方に吐口の光が。 |
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振り返り。いい感じですねえ。 |
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いつしか側壁が素掘りに。そしてアーチも途切れることになります。 折角です。行ける所まで逝ってみますか。 |
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全面素掘りの洞内。明治期の竣功とあって、天保期の隧道よりも真っ直ぐ穿たれていますねえ。 |
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振り返り。 |
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少し進むと…おおお!また石アーチ? |
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部分的に石アーチが。 覆工でしょうか。時々こういった施工は見られますねえ。 |
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短い覆工をすぎるとまた素掘りが。 しかし遠いな… |
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ちょっと右側が膨らんでますが、分岐ではありません。 枝が引っ掛かり、ごみを堰き止めていますねえ。 |
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…しかしどうでもいいですが…水位が…上がってきてます… 大丈夫かこれ…? |
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急速に深くなります! むがあああああああっ!早い!こんなに急速に水位が上がるとは… |
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だ…だめだ…限界です… ここまで水位が天井に接近するとは想定外です。 |
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胸の高さ近くまで水位がきました。恐ろしや… 撤退です… |
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限界地点から振り返り。 呑口側と全く見える景色が異なりますな… |
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瑞祥洞 1902年(明治35年)9月竣功 延長は地図計測でおよそ400m(コンクリ拡張分を除く) 呑口欠円石アーチ坑門。内部一部石アーチ覆工除き、素掘り。吐口坑門不明 因みに誰の施工であるか、など歴史は一切分かっておりません。 素晴らしい遺産を確認できました。できたら上田和隧道と同じように由来書の掲示を切望致します。 |