Get's ヘキサ
暗峠越え

 

 おかしい。。。おかしいぞ!
 まさか開削されているのか。。。
 過去いくつかありましたよ、最新に近い地図には
トンネル表示があるのに実際には存在してない
幻のトンネルが。。。ここもそうなのか、と思うが
諦めきれずうろうろ。
 ここは奈良県吉野郡川上村。国道169号線は、
大滝ダムにより調整された吉野川のかなり上空
を走ります。国道から分岐する1本の立派な橋、
名前を「武光橋」といいます。武木地区と井光地区
に繋がる橋なので、各地区の一文字を取って

命名されたのではないでしょうか。
 ふと、橋の欄干から下を覗くと旧国道(工事用?
として現役)と、かつてあったであろう橋の足だけ
が残されていました。恐らく大滝ダム建設にあたり
あの高さでは浸水の恐れがあるため、現国道
を思いっきり上空に新設したのではないか。

 んん??まてよ?この橋の先にも道はあるはず
 やはり!対岸に道路遺構があります。
川に沿って南北に伸びる道がある。
 まさかまさか、最新地図はこの道路を今でも
現役として表記しているのかも。。。
 だとすれば、南にあの道を進めば「あれ」がある
かも!
しかし現道と旧道との標高差があまりにも
ありすぎてとても降りれないよ。。。
 橋のあたりではどうにもならんので、少し井光
地区方面に向かう道に入りました。

 !!橋がある。鉄橋。。。どこをどうみても鉄で
できた橋。なんか工事用の即席橋にも見えるな。

 地図を確認すると、吉野川に注ぎ込む「井光川」
を1回渡って井光地区へ続くことになっているが、
現道は1回も川を渡ることなく井光地区へ続いて
いる。やはり、地図表記が旧道のままになってい
る可能性が濃厚になりました。
 現道から「あれ」を探す。絶対あるはず。。。
 んん???写真中央に黒い影が。。。。
 あった!
 四角い形になっているが確かに「隧道」らしき
穴を発見!
 現道から直接下に行くには斜面が急すぎて
危険と判断。隧道真上の小高い山手から下る
ことにする。写真は隧道真上の小山から現道
を振り返ったところ。
 !先人の残した?道がある。隧道が目的かは
分からないが、あきらかに下に行く道が続いて
いる。
 かなりの急斜面を僅かにできている小道を
伝いながら、とうとう下に降りきりました。
 さっきの鉄橋方面に向かってパチリ。
アスファルトは残されています。
 いよいよ振り返って。。。
 やはり「隧道」が存在しました!現役を退いて
何年になるのか。なのに今でも地図では現役
として扱われている稀有の隧道です。
 だからこそよととは発見できたんです。地図に
なければよとと生涯でこの隧道を発見できたか
どうか。。。
 内部です。手掘りのコンクリ拭き付けの典型的
な隧道です。
 振り返って撮影。入り口は落石を防ぐための
処置が施されています。外から見れば四角く見え
たのは、このためです。
 反対側です。こちらも同じ処置がされています。
道は急に右へカーブしてます。だってこの先は
吉野川のはずですから。
 見通しが悪いカーブの為にミラーが設置されて
います。車や人が通らなくなって久しいが、それで
も自らの役割を今でも果たそうと佇んでいます。


 急カーブの先で視界が広がりました。
 現道の「武光橋」がはるか上空に見えます。
 これ以上は進めなくなりました。橋の上から見え
た、あの南北に伸びる道にでることは間違いあり
ません。
 この写真なら現道と旧道の落差を少しはご理解
いただけるのでしょうか。
 さて、行き止まりなので隧道をくぐって引き返し
ます。
 扁額や銘板といった類は一切ありません。
 なにも情報ないので、仮名称を付けたいんです
が、3つ迷いました。
 1、「武木隧道」
 国道と武光橋が接続する場所にバス停があり、
そのバス停の名称が「武木」であるのと、井光地
区より武木地区のほうが隧道に近いという理由。
 2、「井光隧道」
 吉野川に注ぐ川の名称が「井光川」であり、その
たもとにある隧道であるのと、井光地区に向かう
道路にある隧道であるという理由。
 3、「武光隧道」
 現役の橋の名称が「武光橋」であり、両方の
地区の肩を持つ形での理由。
 皆さんはどう思います?正式名称知っている方
是非教えてください。
 ちなみによととは「1」を選びました。

※後に例の「トンネルリスト」に「イカリスイドウ」の名
前を発見。井光隧道に名称確定。

 
 隧道を抜けて鉄橋の方へ向かってみました。
やはり、まんま鉄橋です。なぜ??
 仮説ですが、昔は立派な石橋が架かっていたが
河川の氾濫により流され、再建してもまた流され
る恐れがあった為に鉄橋にした。。。ってところで
しょうか。
 
 鉄橋を渡って50mほどでしょうか、ぷっつり道
がなくなっています。首なしミラーの先はコンクリ
の壁になっています。
 現道からその地点を見てみました。
 コンクリ壁の上には道があります。奥へ行けば
「井光地区」です。手前に進めば山林に突入する
形で続いています。
 恐らく、昔はコンクリ壁はなく、鉄橋から「井光
地区」を結ぶ道路であったと推測します。
 旧道と化した現状では鉄橋と結ぶ意味はなくな
り、林道として使われているのではないでしょうか
 今回はなかなかイマジネーションをかきたたせ
てくれる興味深い所でした。

 この辺りにはまだ何か隠れているのではないか
 そんな気がします。