水路隧道



 


長野県
  JR中央本線    岡谷駅~下諏訪駅間  

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西堀橋梁
「暗渠」の由来記

明治三十七年、中央東線は富士見駅迄開通したが、
日露戦争のため工事は一時中断していた。
時の政府は塩尻峠隧道で松本方面へ通す計画を進めていたが、
伊那谷方面の反対で工事再開にあたって辰野経由が実現したため、
西堀区内を横断する土盛りをして線路を敷設することになった。
西堀住民は横河川堤防の決壊による水没等を憂慮し、
当時の西堀の長老達の日夜に及んでの努力により、
「暗渠」建設が決定した。
横河川氾濫時の排水路として、
又、区民の南北交流の通路としての役割を果たしてきた「暗渠」だが、
一世紀の時に流れを経て中央東線高架橋工事が完成するにあたり、
撤去するに忍び難く、
鉄道対策委員会相諮り関係機関に働きかけたところ、
そのご高配を得て、
往年の区民と共に百年の歴史を歩んできた「暗渠」の姿を此処に再現、
永劫に西堀区の子々孫々に継承するために残すものである。

平成九年七月十日 西堀区