唐尾隧道
和歌山県


後半戦

 

 えええっ???
 正直うろたえました。ナゼ行き止まりか??
 そんな訳ないやろ!
 冷静によく正面をみると。。。んんん?赤丸の所
に人工物らしきものがあるぞ?
 丸石積みの遺構が土の中から飛び出てる。。。
よく見れば左手の法面が途切れ、2本の木の左
手に行く手がありそうな。。。
 あの赤丸の遺構は隧道手前でよく見られる法
面補強ではないか???
 左手の空間に誘われるように、そろりと進んで
みると。。。。。。。。。
 
 き、き、き。。。。。










 キターーーーー
ーーー!!!!

 久々の大興奮です!!!!
 机上では確信あったものの、実際目の当たりに
すれば、そんなの関係ねえええ!(すでに古っ)
 それにしても凄まじく埋まっています。右手からの
土砂が大流入してその坑口の7割以上を埋め尽く
しています。先ほど見た赤丸の石積みだけが辛う
じて法面があったことを証明してくれています。
 瓦礫を登って最接近。坑口がおにぎりのように
三角になっています。
 そして朗報!反対側出口が見える!しかも坑口
が丸っぽい。
 取り敢えず初代唐尾隧道西側は完全素掘りの坑
口でした。
 少し引いて撮影。
 人工物が全く見えないので、まるで洞窟です。
 これがかつての国道425号線???まあ当時は
国道指定されてなかった気がしますが。。。

 「唐尾隧道」
 
1939年(昭和14年)竣工 延長87m
 高さ3.6m 幅3.8m

 
確かにその存在を確認致しました。
 
 もう少し接近して内部撮影。
 やはり坑口前は相当土砂が溜まり込み、しかしな
がら、内部にまでは流入は至っていないようです。
 意外に広い空間がよととを出迎えてくれました。
 林鉄湯川トンネル探索時とスタートは似ています
が、こちらのが圧迫感は低いです。
 さらに接近。
 相当広いです。現トンネルの高さが3.4mで、
初代が3.6mなんておかしくない??と思ってました
が、これで納得。

 洞底に降り立ち、振り返って撮影。
 改めてすんごい土砂ですねええ。
 坑口がいびつなのは、やはり多少崩落している
からでしょうか。坑口右手の腫れぼったいのが気に
なりますが、よく分かりません。
 完全なる素掘りでありながら綺麗に残るアーチが
技術の高さを窺わせます。竣工から69年、もう暫く
は持ち堪えてくれそうです。西側は埋まってしまい
そうですが、ね。
 87mの距離はあっと言う間です。東側坑口は。。
初見の想像通り、コンクリ巻きでした。あわよくば
レンガだったり。。。と期待はしていましたが、さす
がに昭和14年だと、可能性は低いでしょう。。。

 東側坑口直近。
 目の前に広がる風景に人工物は一切なく、ただ
緑が広がるのみであった。。。しかし美しい。。。
 それにしても坑口からの路面が見えませんなあ。
 その広々とした洞内は、三重の鳥越隧道と違い
崩落も少なく、全体的に乾いている環境から、かな
り安心してこの場に居られる感じがします。(でも危
険な場所には変わりないですが)
 東側坑口より脱出!
 道はすぐ左の法面に沿い、カーブ(というか、
カクッと30度ほど折れて)消えていきます。
 東側坑門の全景です。
 残念ながら銘板はおろか、扁額すらない、なんの
味も素っ気も持たない隧道です。惜しいなあ。。。
 残念ながら近代土木遺産登録は成りませんな。
 何度目を凝らそうとも、ないもんはない。。。
 なんつーつまんない口をしておるのかちみは。。。
 反対側が素掘りだったことから、開通後何年か
後に崩落防止の為に後付でコンクリ補修されたの
かも知れません。本当に最低限のコストで。。。予
算なかったのかねえ。。。
 現在でも国道としては立ち遅れている道だけに、
昭和14年当時からこんなコンクリ巻きはないでしょ
うから、後付は間違いないんじゃないかな。
 折角なのでもう少し旧道探索を続けてみました。
 だって、東側の旧道入り口発見できていないし。
 で、見つかる見つかる過去の遺跡が。。。
 ガードレールが普及する前の転落防止のコンクリ
遺構です。


 純正コンクリではなく、不純物(石粒等)たっぷり
の年代を感じさせるコンクリです。
 で、これも結構優良物件ではないですか?
 上がかなり傾斜していますが、一応路面の足元
の法面です。荒く整形された石をなるべく配列良く
並べようとした跡があります。
 中央には暗渠も備えています。
 アップで撮影。。。荒く。。。整形してるかな??
結構乱積みかも。しかし、崩れた気配があまりしな
い点で、非常に驚かされます。そう考えるとすごい
技術ですねえ。
 どうです、このフラットな旧道は。
 枯葉大量ながらも、背の高い木々に護られて、
かなり状態良く残ってる方ではありませんか?
 何回かはうねうねするものの、基本的に現道の
傍を離れず、一段高い所を走る旧道。現道を軽バン
が走り去っていきました。
 しかし、この旧道、一向に下る気配なく、現道と
一線を画すように同じ高度を保ったまま、もう2、30
0mは来ています。
 ここは、往時の道幅がはっきり分かる場所です。
右側には転落防止の苔むした縁石、左側にはこれ
また苔むした石積みの法面。幅は本当に1車線分
しかありません。昭和14年当時ならこの程度で充
分だったのかも知れません。当時最新の道路設備
だったのかも、ですね。
 この石積みにみとれて、先をあまり見ていなかっ
たんですが、どうも、あの緑から先に道がなさそう
なんですよ。少し道に盛り土がされて、それ以上
進まないようにしているような感じです。
 その地点から覗いてみると。。。ありゃまあ!
 旧道が完全に消え去っています。
 どうも現道の法面工事で、大規模に旧道ごと、さ
らに上部までコンクリで覆工がされてしまったよう
です。そりゃ旧道の入り口が見つからんわけやで
全く。。。恐らく対岸にも旧道の続きがあると思われ
ますが、メインの隧道発見に至っているため、それ
以上の探索は止めました。
 久々に完全ノーマークの隧道発見ができたことに
ほくほくで帰参しました、とさ。