岐阜県 | ||||||||||||
JR東海道本線 | ||||||||||||
名称 | アーチ 形状 |
巻厚 | 利用 形態 |
坑門 | 側壁 | 状態 | 径間 数 |
径間 長 |
高さ (実測) |
特記 | ||
愛知県境~岐阜駅~西岐阜駅間 | ||||||||||||
※未発見 | ||||||||||||
西岐阜駅~穂積駅間 | ||||||||||||
1 | ![]() |
立野第二橋梁 | 半円 | 4 | 人道 | 整石 | 整石 | 両出 | 1連 | 2.42m (8尺) |
岐阜市今嶺と同市江崎南を跨ぐ付近 | |
明細録に竣工年の記載がない 名称は現地銘板より 明細録での名称は「立野」。立野橋梁が二つあり、 第一だったと思われる木桁15尺の避溢橋は、市道 のアンダーパス建造時に消滅したと思われる 人道兼用の記載あり 水路にコンクリ桁を敷いて人道にしている |
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2 | ![]() |
三の町下水橋梁 | 半円 | 4 | 水路 人道 |
整石 | 整石 | 両出 | 1連 | 2.42m (8尺) |
瑞穂市只越 | |
401K885M70 明細録に竣工年の記載がない 名称は現地銘板より 明細録での名称は「三ノ町」 人道兼用の記載あり。現在は人道としては使われ ていないようだ 北側坑門、内部側壁はコンクリ補修されている |
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3 | ![]() |
一の町架道橋 | 半円 | 4 | 車道 | 煉瓦 | 不明 | 片出 | 1連 | 未計測 | 瑞穂市別府 | |
402K282M40 明細録に記載のない物件 穂積駅が1906年(明治39年)8月1日に新設、1908 年(明治41年)の複線化に伴い盛土路盤となった (Wikipediaより)ようで、その際の建造物と思われる ペイント、鉄枠補強により坑門の視認が不良 内部も全体が補修されている 北側は拡幅されている 隅石がある |
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穂積駅~大垣駅間 | ||||||||||||
4 | ![]() |
三の町橋梁 | 半円 | 5 | 水路 人道 |
整石 | 整石 | 両出 | 1連 | 未計測 | 瑞穂市別府 | |
402K973M42 明細録では錬鉄板桁12尺、竣工年の記載はない 名称は現地銘板より 明細録では「三ノ町」 1908年(明治41年)の複線化時の盛土路盤化によ り煉瓦アーチに改修されたものと思われる 明治24年6月に桁架換の記載あり 人道兼用の記載もある |
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5 | ![]() |
甲二の町橋梁 | 半円 | 3 | 水路 | 整石 | 整石 | 両出 | 1連 | 1.21m (4尺) |
瑞穂市別府 | |
403K073M2 名称は現地銘板より 明細録では「二ノ町」、竣工年の記載はない 泥濘が酷く、内部潜入不可 ※因みに乙二の町は離れた位置に。名称の付け方 の法則が全く分からない |
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6 | ![]() |
甲五の町橋梁 | 半円 | 4 | 水路 | 整石 | 整石 | 両出 | 1連 | 未計測 | 瑞穂市別府 | |
403K301M92 名称は現地銘板より 明細録では「五ノ町」木桁15尺 竣工年の記載はない 1908年(明治41年)の複線化時の盛土路盤化によ り煉瓦アーチに改修されたものと思われる 古レールを組み合わせた橋脚に木桁を引いて人道 としていたようだが、現在は廃化。木桁も殆どなく なっている |
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7 | ![]() |
乙五の町橋梁 | 半円 | 4 | 水路 | 整石 | 整石 | 両出 | 1連 | 未計測 | 瑞穂市別府と同市稲里の境付近 |
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403K512M55 名称は現地銘板より 明細録では「五ノ町」木桁8尺 1885年(明治18年)11月竣工 1908年(明治41年)の複線化時の盛土路盤化によ り煉瓦アーチに改修されたものと思われる 古レールを組み合わせた橋脚にコンクリ桁を引いて人道 としていたようだが、現在は廃化。コンクリ桁もなく なりつつある |
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8 | ![]() |
一の町下水橋梁 | 欠円 | 2 | 水路 | 煉瓦 | 煉瓦 | 両出 | 1連 | 未計測 | 瑞穂市稲里 | |
こばやしさん発見報告有(2015.10訪問) 403K601M 名称は現地銘板より 明細録に記載にのない物件 1908年(明治41年)の複線化時の盛土路盤化の際 に新たに建造されたものと思われる |
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9 | ![]() |
一の町橋梁 | 半円 | 4 | 人道 | 整石 | 整石 | 両出 | 1連 | 未計測 | 瑞穂市稲里 | |
403K671M27 名称は現地銘板より 明細録では「一ノ町」木桁8尺 1885年(明治18年)11月竣工 1908年(明治41年)の複線化時の盛土路盤化によ り煉瓦アーチに改修されたものと思われる 元々水路だったのを後年人道化した模様 |
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10 | ![]() |
乙二の町橋梁 | 半円 | 4 | 水路 | 整石 | 整石 | 両出 | 1連 | 未計測 | 瑞穂市稲里 | |
403K989M11 名称は現地銘板より 明細録では「二ノ町」木桁避溢橋15尺 1886年(明治19年)1月竣工 1908年(明治41年)の複線化時の盛土路盤化によ り煉瓦アーチに改修されたものと思われる ※因みに明細録では「二ノ町」橋梁は3基ある。3基 目は「乙」よりも東寄りに木桁15尺、竣工年同じで あったようだ。現在は市道の「二ノ町架道橋」となっ ている |
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11 | ![]() |
宮東橋梁 | 半円 | 4 | 人道 | 整石 | 整石 | 両出 | 1連 | 未計測 | 瑞穂市野田新田 | |
404K172M38 名称は現地銘板より 鉄道庁の資料では名称は同じだが、木桁の避溢橋 15尺 1886年(明治19年)1月竣工 1908年(明治41年)の複線化時の盛土路盤化によ り煉瓦アーチに改修されたものと思われるが、木桁の 時の場所よりも30m程西にずれている 元々水路だったのを後年改修した模様 |
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12 | ![]() |
雁ヶ坪橋梁 | 半円 | 4 | 車道 | 整石 | 整石 | 両出 | 1連 | 未計測 | 瑞穂市 |
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404K753M75 「ガンガツボ」と読む 名称は現地銘板より 鉄道庁の資料では名称は同じだが、木桁の避溢橋 15尺 竣工年の記載はない 1908年(明治41年)の複線化時の盛土路盤化によ り煉瓦アーチに改修されたものと思われる ※因みに明細録では「雁ヶ坪」橋梁は3基ある。残り 2基はそれぞれこの橋梁よりも東側に位置する 車道と水路の2径間の方が人道兼用の記載がある 15尺木桁の避溢橋で、現在は「乙雁ヶ坪橋梁」とい う名称 もう1基は五六川西隣で、50尺錬鉄板桁の避溢橋、 現在は「甲雁ヶ坪橋梁」という名称(乙橋梁からの推 測)で残存している |
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13 | ![]() |
(仮)牛牧橋梁 | 欠円 | 2 | 水路 | 煉瓦 | 不明 | 不明 | 1連 | 未計測 | 瑞穂市 |
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現地に銘板はない 明細録にも記載のない物件 1908年(明治41年)の複線化時の盛土路盤化の際 に新たに建造されたものと思われる 南側未確認 内部は土管に改修されており、視認は坑門のみ |
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- | no photo | 宮前橋梁 | - | - | - | - | - | - | 1連 | 3.64m (12尺) 直角径間長 3.36m (11尺10寸) |
瑞穂市 |
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残存可能性:極低→改修判定 犀川の東隣、県道171号線の橋梁が改修後の姿の ようだ。名称は確認できなかった 明細録に傾斜80度人道兼用の記載あり ねじりまんぽだった可能性もある |
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14 | ![]() |
甲中吹橋梁 | 半円 | 4 | 車道 | 整石 | 整石 | 両出 | 1連 | 未計測 | 瑞穂市横屋 | |
405K397M49 名称は現地銘板より 明細録では「中吹」錬鉄板桁15尺(直角径間長14尺 1と8分の1寸) 竣工年の記載はない 1891年(明治24年)6月桁架換、人道兼用、傾斜70 度の記載あり 1908年(明治41年)の複線化時の盛土路盤化によ り煉瓦アーチに改修されたものと思われる ねじりまんぽ 一部鉄板補強あり |
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15 | ![]() |
乙中吹橋梁 | 半円 | 4 | 車道 | 整石 | 整石 | 片出 | 1連 | 未計測 | 瑞穂市横屋 | |
405K680M53 名称は現地銘板より 明細録では「中吹」木桁8尺 1885年(明治18年)8月竣工 1908年(明治41年)の複線化時の盛土路盤化によ り煉瓦アーチに改修されたものと思われる 人道兼用の記載あり ※因みに明細録では「中吹」橋梁は3基ある。残り の1基は甲と乙の間にあり、車道と水路の2径間の 橋梁で、人道兼用の記載がある15尺木桁だったよ うだ。現在の名称は「中吹橋梁」 |
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16 | ![]() |
(仮)横屋橋梁 | 欠円 | 2 | 水路 | 煉瓦 | 煉瓦 | 片出 | 1連 | 未計測 | 瑞穂市横屋 | |
現地に銘板はない 明細録にも記載のない物件 1908年(明治41年)の複線化時の盛土路盤化の際 に新たに建造されたものと思われる 南側は確か土管だったかと… |
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17 | ![]() |
上江崎橋梁 | 半円 | 4 | 水路 | 整石 | 整石 | 片出 | 1連 | 2.42m (8尺) |
安八町西結 | |
406K053M30 名称は現地銘板と明細録より 竣工年の記載はない 明細録では人道兼用とあるが、現在は水路用 内部アーチに小口の列があるのを確認 しかしアーチ環に竪積みはない |
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18 | ![]() |
宮東橋梁 | 半円 | 4 | 水路 人道 |
煉瓦 | 煉瓦 | 片出 | 2連 | 未計測 | 大垣市新開町 | |
406K512M77 名称は現地銘板と明細録より 竣工年の記載はない 明細録では単アーチ12尺とあり、後年2連に改修した のだろうか 坑門の一部がコンクリ補修を受けている 内部の一部に古レール補強あり 切石の水切りあり |
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19 | ![]() |
喜内前橋梁 | 半円 | 4 | 人道 | 整石 | 整石 | 片出 | 1連 | 2.42m (8尺) |
大垣市新開町 | |
406K719M96 「キナイマエ」と読む 名称は現地銘板と明細録より 1885年(明治18年)7月竣工 内部の一部に古レール補強あり |
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- | no photo | (仮)新開橋梁 | 半円 | 2 | 水路 | 煉瓦 | 煉瓦 | 片出 | 1連 | 大垣市新開町 | ||
こばやしさん発見報告有! | ||||||||||||
20 | ![]() |
甲大門西橋梁 | 半円 | 4 | 人道 | 煉瓦 | 煉瓦 | 両出 | 1連 | 未計測 | 大垣市新開町 | |
407K062M76 名称は現地銘板より 明細録では「大門西」木桁6尺(直角径間長5尺2と4 分の1寸)傾斜60度の記載あり 1884年(明治17年)11月竣工 1908年(明治41年)の複線化時の盛土路盤化によ り煉瓦アーチに改修されたものと思われる ねじりまんぽ 隅石あり |
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21 | ![]() |
乙大門西橋梁 | 半円 | 4 | 人道 | 煉瓦 | 煉瓦 | 両出 | 1連 | 未計測 | 大垣市新開町 | |
407K157M51 名称は現地銘板より 明細録では「大門西」木桁6尺 1884年(明治17年)10月竣工 1908年(明治41年)の複線化時の盛土路盤化によ り煉瓦アーチに改修されたものと思われる |
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大垣駅~垂井駅間 | ||||||||||||
22 | ![]() |
室池橋梁 | 半円 | 4 | 水路 | 整石 | 整石 | 不明 | 1連 | 2.42m (8尺) |
大垣市高屋町と同市見取町の境付近 | |
410K253M89 名称は現地銘板と明細録より 1884年(明治17年)4月竣工 明細録に複線の記載あり 北側未確認 現在養老線の直下にある模様。東海道線側は 未確認 |
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- | no photo | 甲宮村村内橋梁 | - | - | - | - | - | - | 1連 | 1.82m (6尺) |
- | 大垣市見取町と同市室村町の境付近 |
残存可能性:極低 明細録では「宮村村内」通例から「甲」にした 1884年(明治17年)2月竣工 現地未確認だが航空写真ではそれらしき箇所は 確認できない |
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- | no photo | 乙宮村村内橋梁 | - | - | - | - | - | - | 1連 | 1.21m (4尺) |
- | 大垣市室村町 |
残存可能性:低 明細録では「宮村村内」通例から「乙」にした 1884年(明治17年)2月竣工 北側確認したが確認できず。南側未確認 |
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- | no photo | 南長澤橋梁 | - | - | - | - | - | - | 1連 | 0.91m (3尺) |
- | 大垣市室村町 |
残存可能性:低 1884年(明治17年)2月竣工 北側確認したが確認できず。南側未確認 |
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- | no photo | 南中曽根橋梁 | - | - | - | - | - | - | 1連 | 0.91m (3尺) |
- | 大垣市室村町 |
残存可能性:低 1884年(明治17年)2月竣工 北側確認したが確認できず。南側未確認 |
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23 | ![]() |
(仮)笠縫橋梁 | 半円 | 2 | 水路 | 煉瓦 | 煉瓦 | 両出? | 1連 | 未計測 | 大垣市笠縫町 | |
2015.10新規発見 明細録に記録がなく、後年物と思われる 南側は未確認 |
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24 | ![]() |
長谷川橋梁 | 半円 | 2 | 水路 | 整石 | 整石 | 両出 | 1連 | 0.91m (3尺) |
大垣市福田町 | |
名称は明細録より 1884年(明治17年)1月竣工 南側未確認 |
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25 | ![]() |
兵下橋梁 | 半円 | 3 | 水路 | 整石 | 整石 | 両出 | 1連 | 未計測 | 大垣市熊野町と同市福田町を跨ぐ付近 | |
413K094M38 名称は現地銘板より 明細録では名称は同じだが、木桁3尺 後年煉瓦アーチに改修されたと推察する 1884年(明治17年)4月竣工 |
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- | no photo | 落合橋梁 | - | - | - | - | - | - | 1連 | 0.91m (3尺) |
- | 大垣市長松町 |
残存可能性:低 1884年(明治17年)4月竣工 |
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26 | ![]() |
甲永長橋梁 | 半円 | 3 | 水路 | 整石 | 整石 | 両出 | 1連 | 1.21m (4尺) |
垂井町 | |
417K233M01 名称は現地銘板より 明細録では「永長」 1884年(明治17年)1月竣工 |
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27 | ![]() |
乙永長橋梁 | 半円 | 3 | 水路 | 整石 | 整石 | 片出 | 1連 | 1.21m (4尺) |
垂井町 | |
417K670M95 名称は現地銘板より 明細録では「永長」 1883年(明治16年)12月竣工 |
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28 | ![]() |
甲梅ノ木原橋梁 | 半円 | 3 | 水路 | 整石 | 整石 | 片出 | 1連 | 1.21m (4尺) |
垂井町 | |
現地に銘板がない。明細録では「梅ノ木原」が2基 あり、こちらを「甲」と判断した 明細録に竣工年度の記載がない 「複線」の記載がある 南側は土管にて拡幅している |
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垂井駅~関ケ原駅間 | ||||||||||||
29 30 |
![]() |
乙梅ノ木原橋梁 | 半円 欠円 |
3 3 |
水路 | 整石 不明 |
整石 整石 |
片出 挟まれ |
1連 | 1.21m (4尺) 未計測 |
垂井町 | |
現地に銘板がない。明細録では「梅ノ木原」が2基 あり、こちらを「乙」と判断した 1884年(明治17年)1月竣工 「複線」の記載がある 北側の暗渠部に謎の欠円アーチ橋梁あり 往時には歩行者通路用、あるいはホームの橋梁 であった可能性がある |
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31 | ![]() |
不帰川橋梁 | 半円 | 3 | 水路 | 整石 | 整石 | 両出 | 1連 | 1.21m (4尺) |
垂井町と関ヶ原町野上の境付近 | |
420K304M04 名称は現地銘板と明細録より 1884年(明治17年)5月竣工 床面が石積み |
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32 | ![]() |
石畑橋梁 | 半円 | 3 | 水路 | 整石 | 整石 | 両出 | 1連 | 1.21m (4尺) |
関ヶ原町野上 | |
421K336M23 名称は現地銘板と明細録より 1884年(明治17年)5月竣工 床面インバートに煉瓦を使用 |
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33 | ![]() |
梨子谷橋梁 | 半円 | 2 | 水路 | 整石 | 整石 | 両出 | 1連 | 0.91m (3尺) |
関ヶ原町野上 | |
名称は現地銘板より 明細録では「梨子谷川」 1884年(明治17年)5月竣工 床面インバートに煉瓦を使用 |
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34 | ![]() |
小田原川橋梁 | 半円 | 4 | 水路 | 整石 | 整石 | 両出 | 1連 | 2.67m (8尺8寸) 直角径間長 2.42m (8尺) |
関ヶ原町野上 | |
422K010M55 名称は現地銘板と明細録より 1884年(明治17年)5月竣工 ねじりまんぽ |
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35 | ![]() |
穿屋川橋梁 | 半円 | 3 | 水路 | 整石 | 整石 | 両出 | 1連 | 3.33m (11尺) 直角径間長 2.42m (8尺) |
関ヶ原町野上 | |
422K442M86 名称は現地銘板と明細録より 1884年(明治17年)5月竣工 中央付近のみねじりまんぽ 直角径間長は8尺。でも明らかに11尺はもとより 8尺もない。中央部のねじりまんぽ部がアーチ3層分 広いので8尺あるかもしれない ちなみに「ウヤガワ」と読む |
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関ケ原駅~滋賀県境間 1899年(明治32年)10月15日開業(※Wikipediaより)の新線の為、鉄道線路各種建造物明細録第一篇に記録がない | ||||||||||||
36 | ![]() |
藤古川橋梁 | 半円 | 5 | 水路 | 整石 | 整石 | 両出 | 3連 | 関ヶ原町関ヶ原と同町松尾、同町藤下の境付近 | ||
425K331M62 名称は現地銘板より 上流側に切石の水切りがある |
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37 | ![]() |
了願寺橋梁 | 半円 | 3 | 水路 | 煉瓦 | 煉瓦 | 不明 | 1連 | 関ヶ原町山中 | ||
425K971M25 名称は現地銘板より 北側未確認 |
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38 | ![]() |
黒血川架道橋 | 半円 | 5 | 車道 | 煉瓦 | 煉瓦 | 両出 | 1連 | 関ヶ原町山中 | ||
426K052M20 名称は現地銘板より 笠石がある 両側とも鋼鉄の支えが2本ある 壬申の乱(672年)の激戦で、両軍の兵士の流血が 川底の岩石を黒く染めたことから、この名が付いた 現地の看板より |
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39 | ![]() |
北谷川架道橋 | 半円 | 5 | 車道 | 整石 | 整石 | 両出 | 1連 | 関ヶ原町山中 | ||
426K289M47 名称は現地銘板より 笠石がある |
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40 | ![]() |
向太郎川橋梁 | 半円 | 4 | 人道 水路 |
整石 | 整石 | 両出 | 1連 | 関ヶ原町山中 | ||
426K669M24 名称は現地銘板より |
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41 | ![]() |
登里橋梁 | 半円 | 4 | 水路 | 整石 | 整石 | 両出 | 1連 | 関ヶ原町山中 | ||
426K759M75 名称は現地銘板より 笠石がある 内部及び北側未確認 |
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42 | ![]() |
門前町橋梁 | 半円 | 4 | 水路 人道 |
整石 | 整石 | 片出 | 1連 | 関ヶ原町今須 | ||
427K685M40 名称は現地銘板より 額の高い坑門はコンクリ製の支柱2本に支えられて いる |
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43 | ![]() |
妙応寺架道橋 | 半円 | 5 | 車道 | 煉瓦 | 煉瓦 | 片出 | 1連 | 関ヶ原町今須 | ||
427K831M07 名称は現地銘板より 坑門には大きな要石、隅石がある スプリングラインに大小の切石を交互に配する 拡幅はコンクリアーチで、竣功は昭和29年12月18日 |
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44 | ![]() |
名称修正 中挟川橋梁 |
半円 | 5 | 水路 | 整石 | 整石 | 片出 | 1連 | 関ヶ原町今須 | ||
427K956M 名称は現地銘板なのだが… 現地のプレートでは「中挟川」となっているが、河川 名が「中狭川」なので ただ、「狭=せまい」なので、「ナカセバミ」とかになりそ うだが、平成2年3月竣工の中狭川3号橋の振り仮 名は「ナカバサミ」。平成3年10月竣工の西御門橋も 「中狭川」表記。しかし!下流の昭和29年3月竣工 の今須橋では「中挟川」表記。よって現在、「中狭川 」表記で定着してしまっているのは、平成生まれの 橋達による誤植によるものと判断した 片出だが、BK側も坑門の視認は可能 |
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45 | ![]() |
一丁町橋梁 | 半円 | 4 | 水路 | 整石 | 整石 | 片出 | 1連 | 関ヶ原町今須 | ||
428K696M16 名称は現地銘板より |
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JR東海道本線(旧線) | ||||||||||||
名称 | アーチ 形状 |
巻厚 | 利用 形態 |
坑門 | 側壁 | 状態 | 径間 数 |
径間 長 |
高さ (実測) |
特記 | ||
関ケ原駅~滋賀県境間 | ||||||||||||
46 | ![]() |
枇杷掛谷橋梁 | 半円 | 4 | 水路 | 整石 | 整石 | 片出 | 1連 | 2.42m (8尺) |
2.45m | 関ヶ原町玉 |
1883年(明治16年)4月竣工 現在は国道365号線の下にある 西側はコンクリアーチにて拡幅されている 床面は石畳 |
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47 | ![]() |
後洞橋梁 | 半円 | 2 | 水路 | 整石 | 整石 | 片出 | 1連 | 0.91m (3尺) |
1.60m | 関ヶ原町玉 |
1883年(明治16年)4月竣工 現在は国道365号線の下にある 西側はBKにて拡幅されている 東側が埋まりかけている |
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JR中央本線 ※名称は昭和8年中央本線各駅配線図並線路縦断面図より |
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名称 | アーチ 形状 |
巻厚 | 利用 形態 |
坑門 | 側壁 | 状態 | 径間 数 |
径間 長 |
高さ (実測) |
特記 | ||
愛知県境~古虎渓駅(旧線区間) | ||||||||||||
未発見 | ||||||||||||
古虎渓駅~多治見駅(旧線区間) | ||||||||||||
no photo | NEW 岩根洞橋梁 |
- | - | - | - | - | - | - | m (尺) |
- | 多治見市三の倉町大美山 | |
残存可能性:中 縦断面図に暗渠記載あり |
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48 | ![]() |
NEW 二ノ沢橋梁 |
半円 | 4 | 水路 | 煉瓦 | 煉瓦 | 両出 | 1連 | 3.03m (10尺) |
- | 多治見市月見町 |
(仮)多治見月見南橋梁 旧線区間である愛岐トンネル群北側に位置する 笠石のみ切石のスタンダードな煉瓦アーチ ※当初、これが第一悪水抜橋梁と思っていたが、位 置が異なっていることが判明、二ノ沢橋梁に修正 |
||||||||||||
49 | ![]() |
NEW 一ノ沢橋梁 |
半円 | 4 | 水路 | 煉瓦 | 煉瓦 | 両出 | 1連 | 3.03m (10尺) |
- | 多治見市月見町 |
(仮)多治見月見北橋梁 旧線区間である愛岐トンネル群北側に位置する 笠石のみ切石のスタンダードな煉瓦アーチ ※当初、これが第二悪水抜橋梁と思っていたが、位 置が異なっていることが判明、一ノ沢橋梁に修正 |
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no photo | NEW 第一悪水抜橋梁 |
- | - | - | - | - | - | - | m (尺) |
- | 多治見市前畑町と同市池田町の境付近 | |
残存可能性:低 縦断面図に暗渠記載あり ストビューにて南側に少し見たい箇所有。北側に痕跡 見られず |
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no photo | NEW 第二悪水抜橋梁 |
- | - | - | - | - | - | - | m (尺) |
- | 多治見市前畑町と同市池田町の境付近 | |
残存可能性:中 縦断面図に暗渠記載あり ストビューにて北側に柵で囲まれた暗渠を確認。南側 痕跡見られず |
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多治見駅~土岐市駅間 | ||||||||||||
50 | ![]() |
けっちくざわがわ 欠築沢川橋梁 |
半円 | 5 | 車道 | 煉瓦 | 煉瓦 | 片出 | 1連 | 3.64m (12尺) |
2.92m | 多治見市東栄町 |
車道の真下に欠築沢川の流れが潜っており、側壁 の煉瓦が視認できる 往時は車道が無く、川床までの背の高い橋梁だっ た可能性がある |
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51 | ![]() |
名称変更 入尻川橋梁 |
半円 | 4 | 水路 | 煉瓦 | 煉瓦 | 両出 | 1連 | 1.82m (6尺) |
- | 多治見市東栄町 |
(仮)多治見東栄橋梁 下流側:史上稀に見る細高い物件。翼壁の巨大さ も圧巻の一言。何故こんな所にこの仕様??? 内部:自然の地形を利用して大きな段差が4段あ り、その都度両隅の階段状の煉瓦積みを合わせて 造っている 上流側:階段状に上がって行った結果、スタンダード な坑口に戻るが、胸壁がやたら広くなる |
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土岐市駅~瑞浪駅間 | ||||||||||||
未発見 | ||||||||||||
瑞浪駅~釜戸駅間(旧線区間含む) | ||||||||||||
52 | ![]() |
名称変更 森前沢橋梁 |
半円 | 3 | 人道 | 整石 | 整石 | 両出 | 1連 | 1.82m (6尺) |
2.47m | 瑞浪市釜戸町 |
(仮)白狐温泉橋梁 白狐温泉傍の旧線跡車道の真下で余生を過ごす 煉瓦アーチ 車道は下り坂になっており、旧線敷きの存在を知ら ないと見つけるのは困難な物件 |
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53 | ![]() |
名称変更 大島川橋梁 |
半円 | 4 | 水路 | 整石 | 整石 | 両出 | 1連 | 3.03m (10尺) |
2.10m | 瑞浪市釜戸町 |
(仮)御湯川橋梁 大島川橋梁として知られていたと思われる物件 ←結果大島川が正解でしたw 内部アーチは比較的綺麗な赤茶色を残している |
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瑞浪駅~武並駅~恵那駅間 | ||||||||||||
未発見 | ||||||||||||
恵那駅~美乃坂本駅間 | ||||||||||||
54 | ![]() |
小路川橋梁 | 半円 | 不明 | 水路 | 不明 | 整石 | 挟まれ | 1連 | 2.42m (8尺) |
- | 恵那市大井町 |
明知鉄道との分岐近くに残る挟まれ暗渠 側壁最下部の基礎石を含めて9段あり、背が高い |
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55 | ![]() |
旧市場田川橋梁 | 半円 | 3 | 水路 | 煉瓦 | 不明 | 片出 | 1連 | - | - | 恵那市大井町 |
市場田川架道橋の脇に眠るコンクリ詰めされたかつて の水路暗渠 片側だけでもよく残ってくれていた物件 |
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56 | ![]() |
名称変更 広久手川橋梁 |
半円 | 4 | 水路 | 煉瓦 | 整石 | 片出 | 1連 | 3.03m (10尺) |
2.62m | 恵那市大井町と中津川市茄子川の境付近 |
広久平橋梁←BK側銘板ではこの名称 北側の二軒屋池の水を通す 側壁の切石を越える喫水線跡が恐ろしい |
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57 | ![]() |
名称変更 第二茄子川橋梁 |
半円 | 3 | 水路 | 煉瓦 | 整石 | 片出 | 1連 | 1.21m (4尺) |
1.20m | 中津川市茄子川 |
(仮)茄子川中切橋梁 この近辺では小さい部類 |
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美乃坂本駅~中津川駅間 | ||||||||||||
58 | ![]() |
後田川橋梁 | 半円 | 4 | 車道 | 煉瓦 | 整石 | 片出 | 1連 | 2.42m (8尺) |
- | 中津川市駒場 |
車道にしては狭い方で、アーチ部の損傷が目立つ が、車高制限の1.3mって…2.3mの間違い? |
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no photo | NEW 稲荷川橋梁 |
- | - | - | - | - | - | - | m (尺) |
- | 中津川市駒場 | |
残存可能性:低 縦断面図に暗渠記載あり 車窓からのチラ見しかしてないが… |
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59 | ![]() |
名称変更 中ノ川橋梁 |
半円 | 5 | 車道 | 煉瓦 | 整石 | 片出 | 1連 | 3.03m (10尺) |
- | 中津川市駒場と同市柳町の境付近 |
(仮)中津川駒場橋梁 下部に水路を通す車道 ここも車高制限1.9m…やっぱり2.9m? |
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60 | ![]() |
曲川橋梁 | 半円 | 4 | 水路 | 煉瓦 | 整石 | 片出 | 1連 | 1.82m (6尺) |
- | 中津川市桃山町と同市本町の境付近 |
名称は車道の銘板より(結果縦断面図の名称と一 致した) 昔は人道にも使われていたようで、水路と半々で 道が付いている。今は片側が完全暗渠 元人道の上に謎の棚受けがある。奥のコンクリBKに まで続く…謎 |
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61 | ![]() |
名称変更 山半川橋梁 |
半円 | 3? | 水路 | 不明 | 整石 | 挟まれ | 1連 | 1.21m (4尺) |
1.15m | 中津川市太田町 |
(仮)中津川太田橋梁 中津川駅直下に潜む物件 低すぎて反対側まで行く根性がなかったが恐らく 挟まれ 駅下はこういうのが結構あるが、こぞって難易度 (いろんな意味で)が高い |
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中津川駅~落合川駅間 | ||||||||||||
62 | ![]() |
淀川橋梁 | 半円 | 5 | 水路 | 煉瓦 | 整石 | 片出 | 1連 | 3.03m (10尺) |
- | 中津川市太田町 |
中津川駅直下に大きく口を開ける物件 先の暗渠とは明暗の差が大きいが、下水感が 強い |
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no photo | NEW 小淀川橋梁 |
- | - | - | - | - | - | - | m (尺) |
- | 中津川市太田町 | |
残存可能性:低 縦断面図に暗渠記載あり 中津川駅改札通路辺りか。航空写真ではちと気に なる映像が… |
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no photo | NEW 仲仙道橋梁 |
- | - | - | - | - | - | - | m (尺) |
- | 中津川市栄町と同市宮前町の境付近? | |
残存可能性:極低 縦断面図に暗渠記載あり |
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63 | ![]() |
名称変更 山越沢橋梁 |
半円 | 不明 | 水路 | 不明 | 整石 | 挟まれ | 1連 | 1.82m (6尺) |
- | 中津川市落合 |
(仮)中津川落合橋梁 両側とも薄いコンクリアーチで補修を受けており、坑門は 視認できない |
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no photo | NEW 馬場渡沢橋梁 |
- | - | - | - | - | - | - | m (尺) |
- | 中津川市落合 | |
残存可能性:極低 縦断面図に暗渠記載あり BKに改修されたか |
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落合川駅~坂下駅 | ||||||||||||
no photo | NEW 高辺用水橋梁 |
- | - | - | - | - | - | - | m (尺) |
- | 中津川市坂下 | |
残存可能性:高 縦断面図に暗渠記載あり 東側の坑口があるかも |
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坂下駅~長野県境間 | ||||||||||||
未発見 |