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富山県のほぼ中央を縦断する神通川。 その神通川には神一、神二、神三をはじめとする 多くのダムや水力発電所が存在する場所でもあり ます。 その三大発電所のうちの一つ、神通川第一発電 所のそばに、地図にも載らない小さな発電所が あります。 その名は庵谷発電所。ダム関連を扱うサイト様 の所では普通に出てくる現役の水力発電所です。 地図ではちょうど道が途切れている先にあった りします。 |
その途切れた場所ってのが、このコンクリート トンネルに当たります。 このトンネルを潜った先に庵谷発電所がありま す。 昨年2012年8月、合同オフとして険酷隧さんに 連れられた私とピカさんが訪れた理由は、この トンネルでも庵谷発電所でもありません。 |
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道を左に向かえば神通川を越えるトラス橋があ ります。 このトラス橋から上流側を見ると、確かに庵谷 発電所が見えます。 しかし昨夜から降った雨が随分川の水嵩を増し ていますな。。。 |
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険酷隧さん提供 これは昭和28年ごろの写真のようです。現在の庵谷発電所は昭和51年7月運用開始とのこと。 つまりこれはそれ以前にあった発電所、庵谷第一発電所と思われます。何でも神通川に最初に出来た水力発電所の ようで、竣工は明治44年、導水路掘削には相当苦慮したそうです。 吊り橋が現在のトラス橋、奥の建屋が庵谷第一発電所、右側の建屋が庵谷第二発電所のようです。こちらの竣工は 大正4年だそうです。 両建屋の間に隧道が見えますが、これは庵谷第一発電所に通ずる隧道です。この隧道、現在の庵谷発電所のトン ネルと同じものではありません。実はこの隧道、廃で現存します。それはまた後で。。。 で、今回の主目的。それはこの写真の吊り橋右付け根の下にあります。この写真では見えない角度です。。。 それでは現在の写真を。。。 |
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!!!!!!!!? なんだこりゃ!?橋の下にとんでもないものが遺されています。 |
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思いっきり煉瓦隧道です。 今は存在しませんが、庵谷第一発電所の遺構 である可能性が大です。 |
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よく見ると扁額がありそうです。 ここからでははっきり読めません。。。 |
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とんでもない高低差です。 大体の場所は何とかしますが、ここは本気で 厳しい。。。降りれそうな所も全く見受けられず。 1時間近くうろうろしましたが、水量も多くあまり にも危険なため、敢え無く撤退。。。 それが2012年8月夏のことでした。。。 |
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〜1年後〜 | |
リベンジを期して2013年8月! 今回は険酷隧さんと私の2名でチャレンジ! 気が付けばこんな所に。。。 坑門の真上です。ここに降り立つだけでも3m ぐらい高低差があります。 そして下を見ればさらに高い。。。6mくらいある な。。。車道から合計9mくらいか。。。 |
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因みに明治期竣工の庵谷第一発電所ができた ころは、ここが今の車道としての高さだったよう です。 今の庵谷発電所が出来た頃にここから3m嵩上 げしたようですね。 あのトラスの3m下に吊り橋があった、と思われ ます。 |
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正面にも水門みたいなものがありますが、あれ もまた別の遺構です。 右奥にも橋台が残ってたり、本当に様々な姿を 遺す場所です。 。。。兎にも角にもここからじゃ降りるのは 無理だ。。。 |
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それからどれぐらい要したか。。。 ついにこのアングルの場所まで接近。 もう少しです。 |
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曲弦のプラットトラスですかね。 | |
昨年と比べて水面はかなり穏やかです。 最近雨が少なかったからでしょう。 しかし!水深は相当あります。表面上は穏やか ですが、内部の流れは相当ありそうです。嵌れば 流される可能性が高いです。 |
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ここを降りれば遂に目的の場所です。 。。。が、ここが一番危険です。 |
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真横! 遂に真横までやって来ました。立派な坑門です。 |
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そして肝心の扁額。。。って。。。ものすごいことになってますよ! 一番上は社紋でしょうか。 その下に「發電紀念」 中段に「明治四十三年十一月竣工」 下段「富山電氣株式會社」 間違いなく神通川最初の水力発電所、庵谷第一発電所の放水口ですな。こんな巨大な遺構が残っていようとは。。。 |
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そして。。。文字はこれだけではありませんでした。。。 よく見ると。。。なんと!巨大なピラスターにも。。。文字がみえませんか!? こりゃすげえ!合計6か所に銘板が張り付けてあります。 |
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各ピラスターに3か所ずつ。 まず右下 「請負者 小松文治」 |
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左下 「石工 伊藤又彌」 |
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右中 「技師? ○藤周平」 |
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左中 「技手 庄川 (庄?)左衛門」 |
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右上 社長 金岡 又左衛門 取締役 ○野 平(二?三?)郎 仝(同) 古川 小三郎 仝 山田 信昌 仝 澤田 金太郎 金岡 又左衛門氏はネットで簡単に検索できる ほどの著名人です。 現在の北陸電力の前身、富山電燈を立ち上げ た人物です。この放水口を建設した頃には富山 電氣に社名変更しています。 他の人物は探し出せませんでした。 |
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左上 全く判読できず。 5名ぐらい列挙されている感じがします。 真ん中の人物は「本田 ○○衛門?」かな? |
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角度を変えて撮影。 うむ!こっちのが映りがいい、かな。 |
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文字チェックはここまで。 ここからはこの切石と煉瓦でできたカベに開いたアナをチェックしたいと思います。 ピラスターは切石積み。アーチ環には迫石と要石を配しています。 坑門は煉瓦でイギリス積み。この坑門が高い!推定6mほどの高さがあります。 |
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中央に要石。 一際大きい切石を独特に整形しています。 |
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振り返れば、すぐにダストシュート。。。 すぐに神通川に放り込まれます。 |
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全景撮るのに苦労しました。。。引きすぎると神通川にドボンなんでね。。。 |
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縦撮影で全景! 隧道の高さが2m程度、それの3個分が擁壁と 考えるとやっぱり6mぐらいの高さです。 ここを昇降するのは特別なロープワークが必要 です。。。 左側岩場から来ましたが、そこも高低差が2m超 あり、接近は決して容易ではありません。 当サイトでは如何なる事象にも責任は負えませ んので、ご注意ください。。。 |
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関係ないですけど、トラスの裏側。 これがなかなか拝めない光景なんで。。。 |
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さてさて、引き伸ばしまくった内部確認。 入洞から右にやや流れています。やや右ってのはちょっと不自然です、が。かつての庵谷第一発電所の放水口なら 左に曲がって然るべきだと思いますが。。。これだと庵谷第二発電所の方向な気がします。 それはともかく、いいすね!この流線的なライン。 そして奥。。。 |
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うぬう!ある程度想定していましたが、やっぱりの閉塞。。。 |
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振り返り。 水路隧道ならでは。出口飛び出てすぐドボン、 です。 |
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見事なアーチを描く明治物件。 100年以上経っても損傷は殆ど見受けられませ ん。 |
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コンクリートにて完全封鎖。 そんなに古くない感じのコンクリートです。廃止 すぐに封鎖されたわけではなさそうですね。 真ん中の穴は水抜きとして開けたようです。 封鎖前の姿を見たかった! |
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煉瓦アーチ内部側壁は切石積みです。 上部の煉瓦イギリス積みと共に丁寧な造り です。 |
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最深部より振り返り。 いいすね! |
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フラッシュバージョン! 損傷殆どなし!煉瓦構造物でもこれだけの耐久力があるんです。 |
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最後にトラス橋とのコラボ!この絵が見たかった! あのトラス橋も昔は吊り橋で、3m程度は低かったと思われます。確かに今のトラス橋はコンクリ橋台で嵩上げされて います。 さあ、十分堪能したんですが。。。一つ気になる物件を忘れる訳にはまいりませぬ。 |
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そう。冒頭でご紹介した昭和28年頃の写真。 そこに写っている隧道は、このトンネルとは別 モノです。 え?何で分かるのかって?あるんですよ、廃 隧道が。。。え?どこ? それは現在のトンネルと電柱の間付近に。。。 |
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埋まってます。 どこじゃーーーい!ってな感じですが。。。 笠石が僅かに。。。見えません? |
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ほらこれ。。。笠石部分と坑門が僅かに。。。 コンクリート製ですな。。。昭和28年の写真でも コンクリポータルに見えます。 発電所開設当時明治44年頃は別ルートがあっ たのか、この隧道自体が素掘りか煉瓦だった可 能性もありますな。 |
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で、問題なのはこの旧隧道。。。僅かながらに 隙間があるんです。。。 で、もっと問題なのは、隧道前になにやらコンク リが。。。 |
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お蔭で隙間は10p足らず。。。 開口云々よりも前にどうにもならん状態です。 しょうがない。。。手を突っ込んで撮影を。。。 |
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おおおおお! 完全に空洞!コンクリート巻きの坑道が。。。 |
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旧隧道は。。。生き残っておりました。。。 因みに反対側は完全閉塞を確認しております。どないかして入りたいですが、コンクリが邪魔で入れん。 何より、発電所の真ん前ですからねえ。。。これはこれで満足することにしました。 兎にも角にも悲願の煉瓦水路隧道を完全攻略! 何度も言いますが接近は大変危険です。接近には自己の責任においてご判断下さい。 |